医療とヨガセラピー導入推進の背景

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1.国際社会におけるヨガを利用した補完統合医療活用
アメリカではヨガやその他の補完統合医療を健康のために活用しようという気運の高まりと共に、およそ3500万の人たちがヨガを日常生活に取り入れています。背景として、団塊の世代が高血圧症や関節炎、糖尿病、心臓病などの慢性的な病気に悩まされる年代にさしかかっていることがあげられます。
ここではその各界での取り組みと、その現状をご紹介いたします。

1.政府

政府の政策の一環としてヘルスケアサービスで医療を補完しようという動きがあり、メディカルヨガの本格的活用が始まっています。
具体的には(1)プロ人材の育成、(2)エビデンス*の集積、(3)信頼できるヨガ情報の発信などです。
*エビデンス(臨床結果 などの科学的根拠。その治療法がよいとされる証拠)
ヨガを現代人の健康に積極的に活用していくためには、ヨガから宗教の印象を取り除き、ヨガと宗教が別物だという認識を持ち、客観的な視点から研究、検証していく姿勢が問われています。実際アメリカではInternational Association of Yoga Therapists(IAYT)という組織が設立され、医学博士、心理学博士など各界の専門家による真剣な議論が行われています。
着目すべきは、アメリカの補完代替療法の流れが、代替療法から、補完的健康アプローチ、補完的治療マネジメント、補完統合医療に推移し、現在では、統合医療と健康 (Integrative Medicine & Health) そして、全人的健康(Whole person health) の方向に向かっています。

アメリカにおける補完統合医療の変換

NCCIH ( National Center for Complementary and Integrative Health ) と呼ばれる国立補完統合衛生センターがあります。現代医学、西洋医学にはない新たな予防法・治療法を学術的に研究し、検証していく国家機関です。実はこのセンター、設立当時は国立衛生研究所の代替医療局でした。研究には軍事防衛予算に匹敵するほどの莫大な研究費が投じられてきたものの、臨床試験のほとんどはおもわしい結果ではなく、税金の無駄遣いとして厳しい批判を受けました。
そこで、2010年ごろから研究目的を「代替医療」から、通常の医療を補う「補完医療」にシフトし、新たな予防法、治療法の総称に「補完代替医療」ではなく「補完的健康アプローチ」を用いるようになりました。研究の目的が「病気の予防、治療」から「症状のマネジメント」に変化したのです。
それにより、そのマネジメントという観点からの有効性が、臨床研究によって科学的に証明されるようになってきました。
NCCIHでは、ヨガが研究にもたらす効果をこのように発表しています。
ヨガが研究にもたらす効果
公式ビデオ
NCCIH 公式ビデオ
同様にヨガが病気を抱えている人にもたらす研究は増えてきています。
PubMed というアメリカの国立医学図書館のデータベースで、“Yoga”をキーワード検索すると、5600以上の論文が検索できます(2019年8月現在)。
PubMed / アメリカの国立医学図書館のデータベース
また、ヨガに関するRCTの数は2003年から急激に増加し、症例別の統計も出てきています。
研究数はインドに次いで圧倒的に多いのは米国です。
出典 : Characteristics of randomized controlled trials of yoga: a bibliometric analysis, Cramer H, Lauche R, Dobos G, BMC Complementary & Alternative Medicine,14:328, 2014
このような政府の政策への取り組みが、補完統合医療の活用を進めるにあたり大きな追い風になっていることは間違いありません。
また、米国政府のみならずWHO(世界保健機関)からもヨガは身体活動性を高め、非感染性疾患を減少させる価値ある方法であるというレポートが出ています。
WHO(世界保健機関)によるヨガの価値に言及するレポート掲載ページ

2.医療現場

アメリカでヨガが補完的治療マネジメントに取り入れられる流れを作ったのは、医学誌「ランセット オンコロジー」に発表された米国人医師ディーンオーニッシュ氏の論文「生活スタイル改善プログラム〜ライフスタイルの変化で遺伝子は変えられる」でした。(ディーン・オーニッシュ「ヒーリングについて」
生活スタイルを健康的に変えていくことが最も効果的な薬になることを証明したオーニッシュプログラムは次の4つを治療マネジメントに提案しています。
(1) 健康的な食事 (2)運動の習慣化(3) ストレス管理(4) 社会的なサポート
さらに大きな特徴は、医療の現場で導入されうる信頼性確立のために科学データを提示しつつ、医師自らがヨガを学び患者が実践できるプログラムを推奨している点です。
では、アメリカで医療としてのヨガはどのように浸透していったのでしょうか?
注目すべきは、医療現場を納得させる臨床研究と、現代医学に基づいたアセスメント、伝統的で難解なヨガではなく、ヨガを手法として活用した、受け入れやすいヨガを一切のサンスクリット語やヨガ用語を用いることなく導入していった点です。これは日本における漢方の普及と類似しています。
日本の医療においても伝統的な漢方はなかなか受け入れられませんでした。しかし、伝統的な漢方の知識がなくても処方できるわかりやすい漢方処方が普及し、医師教育の中にも漢方の授業が導入されました。その効果を実感し、あらためて伝統的な漢方の深い学びを始めている医師も少なくありません。米国でヨガを学ぶ医療関係者や研究者が同じ道筋を辿っています。つまり、伝統を重んじる立場からすれば邪道かもしれないヨガを「受け入れられる」かたちでまずは現場に役立て、普及に努めています。中にはヨガという言葉を一切用いず、その効果への評価を得ることを優先したケースも存在します。
また、アメリカの大学病院ではヨガを患者、家族、そして従業員向けのサービスとして正式に採用する動きが見られます。
以下はその一例です。
【1】オハイオ州のクリーブランドクリニック
アメリカで初めてプロのヨガセラピストをフルタイムの従業員として雇用従業員向けのクラスのみでのスタートから、現在では患者とその家族、従業員向けのクラスが週に20クラス、4レベルに渡って提供しています。病院として正式にヨガをヘルスケアサービスとして位置付け「院内で全米ヨガアライアンス200時間を取得できるプログラム」も実施されました。
【2】がん治療で有名なM.D.アンダーソン大学病院
がん治療で有名なM.D.アンダーソン大学病院ではチーム医療が始まっています。補完統合医療のプロフェッショナルを含めた20,000人以上のチームで、治療に当たっており、患者さんのメリットのために、様々な選択肢を組み合わせて、最適化を図る取り組みが始まっています。 ヨガと癌の研究に史上最高の450万ドルの助成金を受けています。 この研究を主導したのがLorenzo Cohen医師です。
【3】サンフランシスコ大学病院
がん患者や腰痛患者にヨガを提供しています。
病気中心の考え方から患者中心の考え方へ
また、アメリカの医療現場では、鎮痛剤であるオピオイドの濫用が社会的問題になっているのに加え、未だに医療費の削減が重要課題となっていることは言うまでもありません。医療の現場でも病気中心の考え方 (Disease Driven approach) は対処療法であり、人間性を欠いた非効率なものになりがちであり、 それに対し、統合医療は患者中心、ライフスタイル重視を重視した効率的なアプローチとしてもっと優先されていくことになるだろうと言われています。
未来の社会にはライフスタイルの変容を支援するヘルスケアプロフェッショナル が必要となることでしょう。しかし、その概念にとって非常に大切になってくるのは、ヨガセラピーやヨガセラピストだけが独立して存在しても意味はなさず、社会的支援を含めたソーシャルデザインが不可欠である、ということです。
その視点において、支援療法に関する研究で日本でも関心が高まっているのが普及と実装の科学(Dissemination and Implementation Science)です。協会は認定ヨガセラピストの最終レポートにこの普及と実装のフレームワーク(CFIR)の理解を課題としています。

3.社会・経済

すでに述べましたが、運動を習慣にすることで、薬や治療の費用も減り、結果的に医療費の節約になることにも注目がされています。
NYを拠点としたOscar Insuranceは、大規模な保険会社ではありませんが、契約者向けに健康トラッキング端末プランを提供し、話題を集めています。
その内容は、本人の健康状態に合わせたゴール (歩数)が設定され、それを達成できると毎日1ドルの小遣いが付与されというもの。米国で深刻 な肥満や生活習慣病対策として、既に1万7000人以上が利用しています。
実際、アメリカ人の10人に一人がヨガを補完療法として活用しているという報告があります。
さらに、The National Health Interview Survey (NHIS) によると、2002年から2012年にかけ、ヨガを補完療法として活用する人数は約2倍になりました。*
https://www.cdc.gov/nchs/data/nhsr/nhsr079.pdf
ヨガをしている人の75%以上が、他の運動も行なっているという調査もあります。
CDC(Centers for Disease control and prevention) の調査によると、職場でのヨガは従業員の健康的な生活、さらには生産性を向上するそうです。
以上3つの側面から見てきましたが、 補完統合医療の本格的活用の流れはますます進むということは明らかで、アメリカのみならず、日本でも確実に必要性が高まっていくことでしょう。
2. 日本でのヨガ導入推進、その枠組み作りを
米国では「ヨガを補完的治療マネジメントに活用する」という新しいヨガのあり方が普及し、そしてヨガを含む統合医療の研究に多くの国家予算が割り当てられています。
日本においては統合医療は未だ現代の医療を傍で支える医学的検証という側面での存在感はほとんどありません。補完統合医療としての可能性を期待されている療法のほとんどが、迷信や経験則、評判のみに頼る脆弱な基盤しか持っていません。医療費の削減や高齢化社会への危機を声高に叫んでも、ヨガの効果の現場への還元に積極的に取り組む米国などに比べて日本は大きく立ち遅れています。
何より異なるのは人材の豊富さです。ヘルスケアプロフェッショナル(医師、看護師、PT、OT、サイコセラピストなど)の多くがヨガを学んでいます。医療や介護のみならず、教育や軍事、更生施設の現場でもヨガの活用が始まっています。禅や仏教など東洋文化の文脈を取り入れ、心を落ち着けて暮らすことの大切さを共有するコミュニティがひろがっています。
しかし、日本においてヨガセラピストという職業が健康的な生活を支援するプロフェッショナルとして必要とされる時代はそう遠くなく、健康な人だけでなく、心や体に不調を抱えた人たちに安全な方法でヨガを提供される時代が到来することが予測されます。
ヨガセラピーのあり方は厚生労働省の保険医療2035において「これまで保健医療制度を規定してきた根底の価値規範や原理、思想、すなわちパラダイムを以下のように根本的に転換する必要性」として掲げられた
【1. 質の改善 / 2. 患者の価値中心 / 3. 当事者による自律 / 4. ケア中心 / 5. 統合】 という各項目に沿うものであります。
私たちはヨガセラピーが社会に理解されるためには、ヨガの愛好家だけが理解できるヨガであってはならないと考えています。
ヨガを全く知らない人、偏見を持っている人、自分にはヨガは無理だと思っている人に、ヨガの良さを体験してもらえる環境を構築し、すべての日本人が心身ともに健やかに、自分らしさを発揮できる新しい社会での役割を担って生きたいと考えています。