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世間の「あたりまえ」ヨガ界の「あたりまえ」

2018年06月29日

受講生の方より、振り返りの機会となる感想をいただきました。

「メディカルヨガの体験クラスに参加したとき、シャバアサナで手のひらにあたたかい重みを感じ、驚いて目を開けてしまったら自分の手の上に先生のおでこがのっかっていたのです。
驚いて手をひっこめそうになってしまいました。ヨガの世界では普通のことですか?それともメディカルヨガに特化したものなのですか?」

ヨガセラピーのテクニックとしては、手をタオルで包んでからおでこを乗せる、などの前提はあるものの、今回は「あたりまえ」という観点からこのことを考えてみたいと思います。

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ヨガをよくご存知の方はともかくとして、一般の方にとっては自分の手のひらに人のおでこが乗っているという状況自体が、違和感あるものではないかと思います。

例えば、それが行われているのを何も知らない家族や医療者が外から見たら?もしかしたら宗教的なことをしていると思う方もいらっしゃるかもしれません。

「エネルギーの観点から考えても、それは掌にアイピローを乗せるよりさらによい方法だ」というのはヨガを知っている人の考え方です。

相手に合わせてヨガセラピーを提供するためには、さまざまな方法を知っていること・多くの選択肢をもっていることは大切ですし、手のひらにおでこを乗せること自体を否定しているわけではありません。

しかしながら、それがヨガを詳しく知らない人からはどう見えるのか、どう感じられるのかなどという想像力も、それと同じくらい、もしくはそれ以上に必要なことではないでしょうか。
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何事も、自分の持ちうる知識や技術の全てをただ単純に提供するというだけでは、提供者の自己満足で終わってしまうかもしれません。

もしかしたら違和感を感じさせたりびっくりさせるかもしれないなということに気づける力を持ち、前もってこれからする行為やその意味を適切な言葉でお伝えすること、また、例えばいきなりおでこを乗せるのではなく今回はアイピロー、次回は自分の手、次はおでこ…など、相手の方との心の距離をはかりつつ、様子をみがら少しずつすすめていくことなどを考えてもらえたらと思います。
「あたりまえ」はある視点から見るとあたりまえなのに、他の視点から見るとあたりまえではないのです。

先日のハラスメントの記事「ヨガ界での♯me too」とも共通する点がありそうですね。
(松原 昌代)